BALLAD~名もなき恋のうた~3

 こんにちは

 「BALLAD」レポラストです

 出陣前の兵士達の写真を必死で撮り続ける暁。この時代にはあり得ない文明の利器を前に、みんな顔をこわばらせていますが、出来上がった写真を見て笑い合い、ほんの少し和みの時が流れます。

 やがて空が白み始め、密かに敵の本陣に向けて出発する又兵衛一行。アニメでは又兵衛が馬に乗って、他のものが歩きでしたが、映画では全員歩き。まあ奇襲作戦なので、アニメを見ていたとき、馬はちーとばかし目立ちすぎる気はしましたねw

 出発前、真一は自分の携帯電話で撮った廉姫の写真をみせて、それを持って行ってくれと又兵衛に渡します。又兵衛は自分が先ほど撮ってもらった写真を懐から出し、自分にもしものことがあったら、これを廉姫に渡してくれと頼み、引き受ける真一。

 春日軍一行が大倉井の本陣へと向かう列のあとをついて城を出た川上一家、あらかじめ隠しておいたランドクルーザーにたどり着き、又兵衛達と別れを告げますが、なかなか立ち去れず、又兵衛一行を見守っています。このあたりもアニメではひろしの車は城内に置かれていて、又兵衛達のあとをついて車で外に出たので、やはり「アニメならありだけど実写だとそぐわない」ところをしっかりと補っています。

 川上家の車を隠した場所は、背の高い草むらの中でしたが、実はここ、合戦場からさほど遠くない場所。まわりには他に建物などなかったので、又兵衛達の様子がよく見えます。奇襲は成功したかに見えましたが、少しずつ包囲網が狭まっていく。「あれではすぐに囲まれる」ことを知った川上一家の長、暁。暁の読み通り、又兵衛達は敵に囲まれていました。高虎のいる本陣はすぐそこなのに、そこまでの道が開けない!

 八方塞がりに見えた戦況は、しかし又兵衛達以外の者は多分聞いたこともないクラクションによって逆転します!!そこに登場したのが川上一家のランドクルーザー!!突然現れたわけのわからない塊に、右往左往する高虎軍。「助太刀に来た!」暁の言葉に笑顔で応えた又兵衛一行、この機を逃さず、ランドクルーザーに先導されて、大倉井の本陣に突入!!

 ここでは高虎軍を蹴散らすために、暁が合戦場をグルグル走り回るのですが「おらおらー!ぶつかっても保険下りねぇぞ~~!!」などのひろしの台詞が、そのまま使われていましたww

 本陣に飛び込んできた謎の塊に仰天した高虎軍。君主高虎を本陣の奥に退かせ、高虎の側近安長が前に出ます。アニメにも同じシーンがあるのですが、アニメで高虎の盾になったのは「真柄太郎左衛門直高」という立派な名前の侍。「大蔵井家馬廻衆」という言わば大蔵井のエリート集団が又兵衛達の前に立ちはだかるのですが、映画ではシンプルになってました(^^;

 さて、本陣に突入した又兵衛一行、アニメではこの時点で又兵衛は高虎の顔を知らないので、元大蔵井の雑兵であった儀助と彦蔵にどれが高虎かを尋ねるシーンがあるのですが、映画版では一度高虎は春日城下に現れているので、又兵衛のみならず、高虎も、どうやら又兵衛を待っていたようです。

 アニメ版の大蔵井高虎は、狡猾で残忍、プライドが高く派手好きで目立ちたがりという人物像に見えましたが、「BALLAD」では演じる大沢たかおさんが、その高虎の性格を受け継ぎつつ、案外純真&潔さをプラスして好演されてたなあと感じました。

 高虎は、実は本気で廉姫を好きだった、だから又兵衛に嫉妬もしていたんですね。表向きは春日を手に入れるために廉姫との縁談を申し出、戦になれば和睦を装って城を乗っ取るようなことを言ってますが、そうまでしても高虎は廉姫がほしかったんだと思います。高虎が廉姫に恋するきっかけになったエピソードは、実際に映画でご覧ください(^^)

 もちろんこのシーンも、映画版のみね♪

 ここでは大倉井高虎と又兵衛の一騎打ちが見られるのですが、又兵衛は槍、あれ?高虎の持っているのは「なぎなた」?

 うんうん、これは確かになぎなた。なぎなたと言えば、大奥のお女中達が武器として携えていた、あのイメージしかないんだがと思っていたのですが、パンフを見たところ、なぎなたというのは、元々馬の足を薙ぎ払う目的で使われた武器だそうです。鉄砲の登場によって次第に戦場では使われなくなり、やがて女達の武器として受け継がれていったらしいですね。

 この手の一騎打ちは、まず戦名乗りから始まります。「春日の国侍大将」の又兵衛、対する高虎はなんと「常陸の国太守」確かにこの時代、高虎はかなりの大物。そんなのに喧嘩売ったんだから、康綱公もなかなかの強者ですな(^^;

 さて、長い長い立合のあと、又兵衛の槍が喉元に突きつけられ、高虎は自身の敗北を悟ります。色めき立ち又兵衛に斬りかかろうとする大倉井の家臣達ですが、高虎は「恥をかかせるな!」と家臣達を一喝。「こんなところで躓くとは・・・」悔しげに呟く高虎ですが、もはや自分の命もこれまでと、又兵衛の前にドンとすわり、兜を脱ぎ、さあはやくやれと首を叩きます。アニメ版より潔いでしょ?ww

 高虎の首を取るために懐から担当を取り出す又兵衛を真一が止めるのは、アニメも同じ。ここまで来て敵の首級を取らずに帰るというわけにはいかないが、それでも又兵衛、迷う。迷って迷って、結局又兵衛が選んだのが、高虎の「髻(もとどり)」をいただくこと。つまり髷(まげ)の部分を切るので、当然髪はざんばら。その高虎の姿を大倉井軍にさらし、「髻を切って高虎殿をお返し申す!」と告げるシーン、いやあ、又兵衛さんかっこいいぜ!(⌒▽⌒)ノ

 この「髻」を切ってざんばら姿をさらされるというのは、実は首を切られるより恥だそうですね。悔しさを全身に滲ませながら陣を引き払う高虎ですが、それでも命を助けてくれた又兵衛に

「この借りは返す、春日の窮地には駆けつけようぞ」

 そうささやいて去っていきます。ぶち切れてしんちゃんを斬り捨てて逃げようとしたアニメ版高虎に、爪の垢を煎じて飲ませたいほど、いい男になってましたw


 戦いすんで日が暮れて・・・、見事大倉井軍を打ち破った又兵衛一行、川上一家とともに帰路につき、又兵衛は真一と上機嫌でおしゃべり。このシーンが、アニメは馬に乗ってるんだから馬に乗ってないと変、と言うご意見もあったようですが、そんなことまで突っつかなくてもなあと、おもいましたねぇ(^^;

 無事生き残った仁右衛門と文四郎の親子。「また母上のメシが食えますね」と笑顔の文四郎に「食い飽きたわい」と笑顔の仁右衛門。ここのシーン、アニメ版では文四郎はいませんので、一緒に歩いている別な兵士が「またお里殿のメシが食えるな」と仁右衛門に言い、そこで「食い飽きた」という返事を返すことになっています。

 一行の姿を天守の上で見ていた廉姫、思わず手を大きくあげて振るのですが、ついている乳母吉乃は「はしたない」と気が気でなく、ずり落ちた袖を一生懸命あげてやってましたw

 アニメ版では、廉姫は天守の上で康綱や吉乃とともに又兵衛達を待っているのですが、映画版では天守を降りて外に出ようとします。慌てて止めようとする吉乃に「よい」と言う康綱。笑顔で城を飛び出した廉姫が、又兵衛達のところに向かおうとしたその時・・・・!

 どこからともなく聞こえた銃声で、又兵衛の鎧の胸に一瞬にして穴があき、又兵衛はばったりとその場に倒れます。突然のことに何が起きたかわからず凍りつく一行。倒れた又兵衛は、弾の当たった場所を手で触り、「そうか、ここか・・・」と何かを悟った様子です。

 その場所は、実は真一が現れたその時、敵の兵士が撃ちそこねた弾が当たってはじかれた場所。自分の死を悟った又兵衛は真一に礼を言い、懐から刀を出して真一に渡します。そして「あの時この刀を使わなくてよかった」そう言って微笑む又兵衛。「あの時」とは、高虎の首を取ろうとしたとき、懐から刀を取り出した又兵衛を、真一が必死で止めた、それでよかったと言うことですね。そこに廉姫が駆け寄ります。又兵衛の手をとって「死ぬな」(多分そんなことを言ったと思う)と言う廉姫ですが、願いもむなしく、又兵衛は息を引き取ります。

 ここでは真一君はもちろん、まわりのみんなが泣くのですが、実はこのシーンがもっとも感動的で泣けるのは、アニメのほうのシーンかもしれないです。いつもおバカなことばかりして、又兵衛を「おまたいじり?」などと平気でからかっているしんちゃんの、あの泣き顔(T_T)

 託された刀を両手に持ったまま、大粒の涙をポロポロとこぼすシーンが、ほんと、もう泣けて泣けて><

 そう言う意味ではこのシーン、映画では無難に仕上がってた感がありました。

 そしてここのシーン、アニメだと又兵衛はいろいろしんちゃんと話をしてから死ぬのですが、映画版ではここでの又兵衛の台詞を、最後に廉姫が言うようになっています。

「又兵衛はおそらく、あの時撃たれて死ぬはずだった」こと。でも真一が現れたことで、そのあと訪れた春日の国の危機を救うだけの時間がもらえたのだと。

 真一は、アニメ版ではしんちゃんは、結局又兵衛の命を本当救うことは出来なかったけど、彼らが時を越えて春日の国に飛び込んだことで、少しだけ春日の国の人々に、しあわせをもたらすことが出来たのかも知れません。

 スタッフロールは主題歌に乗って、真一や暁が撮影した春日の国の人々の写真や動画が流れます。真一達の時代には、間違いなくみんなが亡くなっているわけですが、又兵衛が言ったように、彼らの生きてきた証がその写真や動画の中に確かにある、そう思うと何だか切なくなりましたね。

 いろいろ批判はあるようですが、いい映画だと思います。

 康綱公を演じた中村敦夫さんがパンフレットに寄せていたコメントで、この映画のメッセージは何なのだろうと考えたという話が載ってました。それは康綱が映画の中で呟いた「公までして国を守っているのにいずれ消えてしまうのはむなしい」と言う意味の台詞の中にあったのではないか。それが「諸行無常」。この世の森羅万象は絶えず変化を続け、一所にはとどまらない、だから一つのことに執着するのは愚かなことだという意味なんだそうですが、それがこの映画のメッセージではないかと。

 このコメントを読んで、なるほどが半分、そうかなあが半分w

 「なるほど」については、確かに諸行無常、あそこまでしてたとえば春日が国を守りきることが出来たとしても、いずれは大倉井よりも遙かに大きな勢力に飲み込まれることだってあり得るわけですからね。

 「そうかなあ」については、でもね、それだけじゃないだろう。この映画に込められたメッセージがあるとしたら、それだけでは不十分なんじゃないか?それは、映画の中に出てくる人々が答えを持っています。戦の前に逃げだした家老の1人。負け戦とわかっていても、創意工夫でなんとか敵を退けようとする春日の武士達が。

 んなわけで、超僭越ながら、中村敦夫さんの説に、自説をくわえさせていただきますw

諸行無常、それでもひたすらに人は生きる

 そんなメッセージを、私はこの映画から受け取りました

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