グッバイ、チャーリーレポ番外

 こんにちは

 やっとのことで終わりを告げた「グッバイ、チャーリー」本編レポ。おつきあいくださった皆様方、ありがとうございました。

 さて、今回は番外編として、この物語を見て、管理人が思ったことなどを少し書きたいと思います。

 この物語のチラシが公開されたときのキャッチコピー「男が女に、その女が恋をした」

 読んだとき、さっぱり意味がわかりませんでしたw

 でもあとでチラシを見て、物語の内容を知ってから、やっと納得(^^;

 なんとも奇想天外な話です。でもそれが、ずっと昔に作られたお話なんですよね。「1964年には映画にもなった」そうなので、作られたのはつまりもっと前w

 そのお話を、今回のミュージカルでは、現代アメリカのお話として書いてあります。携帯電話が活躍するのも、現代のお話ならではですよねw

 そんなわけで、チラシのあらすじを読んで興味を持ち、かなり楽しみにしていた今回の舞台、思いがけず2回分のチケットが取れてしまいましたが、今となってはそれでよかったと思います。「瓢箪から駒」ですかねw

 しかし、確かに舞台は「現代アメリカ」となっていますが、そこかしこに「和」のテイストがちりばめられていたことには、皆様お気づきのことかと思います。

 本編レポにも書きましたが、まずは帰ってきたチャーリーが幽霊ではないかと、ジョージがチャーリーの足を確認するシーン。そもそも「幽霊は足がない」というのは、日本での概念。昔誰かが描いた幽霊画に足がなかったことから、そのイメージが定着したというもの。
 もう一つは、ラストで出てくる「四十九日」の概念。仏教では、人は死後四十九日の間は、この世とあの世の間にいるそうで、それが過ぎると成仏すると言う考えがあります。しかし現代アメリカといえば、一般的には皆様キリスト教徒。キリスト教にそんなもんあるんかいなw

 それに、アレックスとラスティの会話もそうですよね。だって敏腕プロデューサーの家ですよ?アメリカだったら豪邸に住んで、メイドの1人や2人雇ってるのが普通でしょうにww

 ハイソなマダムが洗濯やらトイレ掃除やらやってるなんて、ピンときませんがなw

 がしかし、こう言った「和のテイスト」のおかげで、この物語の世界に、かなり入り込みやすくなっているのではないか、私はそう思います。逆に、設定されているアメリカの世界を忠実に再現されてしまったりすると、日本人には理解の出来ないことが出てきたりして、首をかしげることにもなりかねませんよね。だってさ、アメリカンジョークって日本人の理解を超えてるのが結構あると思うし(^^;

 それに、メイドがいて家のことに何も困っていないなら、ラスティとアレックスのあのシーンは成り立たなくなってしまいますw

 と言うわけで、細かい突っ込みはまあいろいろあれど、これはこれでよかったのだと言うことで、先に進みますw

 「コメディ初挑戦」という、ジョージの中の人、貴水博之さん。それを聞いて首をひねったのは、管理人だけだったでしょうかw

 だってさぁ(^^;

 懐かしのtalkabout、いろんなところで公開されたコメントムービー、ライブのMC

 どれ一つとっても全部コメディ調やんか!ww

 それに、去年のね、「極付 森の石松」だってそうですよ。あのお芝居は別に「コメディ」とは銘打ってなかったけど、石松はボケまくってたし、梅吉さんけっこう突っ込んでたぞww

 そりゃね、根底に流れる物語はシリアスそのものですから、そんなシーンばかりでなかったことは確かなんだけどねw

 でもやっぱり「初挑戦」というのはちーとばかし納得いかん(^^;

 で、「グッバイ、チャーリー」ですよ。全編通して、コメディ調シーンでのジョージのしゃべり方がね、なーんか、誰かに似てるなあ・・・・ってずっと思いながら見てたんだけど・・・・気づいたの~♪

 カトちゃん・・・・・

 ええ、そうですとも!ドリフのカトちゃんよっ!!

 13日に特に感じたなあww

 まあここの管理人の感想ってことで(^^;ゞ

 さてこの物語、主人公チャーリーは、女遊びの度が過ぎて浮気相手の亭主に撃ち殺される、しかし3日後に戻ってくるが、なんと体は女になっていた。そこから巻き起こる騒動を描きながら、登場人物の心の変化が丁寧に描かれています。

 チラシのあらすじを読んだとき、このタイトルからして、最後にチャーリーはやっぱり死んでしまうんだろうなと言うことは、何となくわかりました。この時点での管理人の関心事は、もちろんチャーリーの親友、ジョージくんの行く末。チャーリーが再び死んでしまうとなれば、ジョージくんはその時どうしているのだろうと。

 そして実際に13日に見て思ったことは「なんでジョージだけこんな目に遭うんかいな><」

 親友を目の前で失い、それがびっくり女になったとは言え生きて戻ってきたと思ったのに、最後の最後でまた突然失う。二度も親友を失ってしまうんですよ!他の連中はそれなりにうまくいってるのにさ!

 この時は、ジョージの不遇に、悲しみと憤りを覚えたものです。

 が・・・・・

 19日の二度目の観劇までの間、頭が冷えてくるといろいろと考えてきます。そうすると、それはあまりにも一方的な見方だったんではなかろうかと、そう思うようになりました。実は13日の観劇の少し前、似たような感じのお話を見たばかりでしたので、そちらのレポを作っているうちに考えていたことが、この「グッバイ、チャーリー」でも当てはまるのではないかなと、そう思いまして、その確認の意味も込めて、19日の観劇に赴きました。

 ちなみにその「13日の少し前に見たお話」のレポは未だ未掲載です。作っている間に13日の観劇&PATiPATiライブに突入してしまったので、途中で止まっています。そちらはおいおい載せていく予定ではいます。

 というわけで、いろいろと思うところがあった2度目の観劇、前回は一番前のおかげで逆にメモるにメモれなかったことを、G列ならば出来るということで、とにかく舞台をガン見しながら、手元のメモに書き殴っていきました。ページを飛ばしても絶対戻らないことにして、どんどんめくって書いていったので、中野追加から使い始めたメモ帳を使い切ってしまいました。また新しいメモ買って来なきゃw

 それでもラストに向かって、話が盛り上がってくると手も止まりがちになりました。マジ涙を拭く方が忙しくて(T_T)

 さて見終わったあと、やはり前回とは違った感想が生まれ、それをレポに書こうと思いつつ、ちっともうまくまとめきれないままくそ長いレポになってしまい、結局今頃になってしまったという次第(^^;ゞ

 オープニング、ミュージカルの成功を祝って集まってくれた仲間達とともに歌った歌「この世はサイコー SO Happy いつまでも続けるのさ」明日は必ずやってくると信じて疑わなかったチャーリーは、しかし直後に死んでしまいます。多分チャーリーは、アレックスに撃たれたときが寿命だったのでしょう。

 では

 そのチャーリーを生き返らせ、なんと女の体にしてこの世に連れ戻した「存在」ま、平たく言うと神様ですかね。その神様は、なんでこんなことをしたのか?

 チャーリーは「自分に罰を与えるため」だったと言っていました。確かにそれはありかなと思いましたが、やはりそれだけではなかったのではないかなと。撃たれて死んだ時のままだったら、アレックスとラスティの夫婦はもうダメになっていただろうし、ジョージはあのままジェニファーと結婚して、監督の道をあきらめ、実業家として生きていくことになったと思います。しかしあの性格じゃ、実業家なんて向いてないよ。ジョージくんw

 でも、チャーリーが女として蘇ったおかげで、まずチャーリーは今まで蔑ろにしてきた女の気持がわかった、彼女達の優しさ、チャーリーに対する本当の気持もわかった、そして何より、「心から人を愛する」ことを知ることが出来た・・・。

 一方他の登場人物達ですが、まずはフラニイ、彼女もラスティもそうですが、彼女達は本当にチャーリーのことが好きだった、でも突然死なれてしまって、心の中には大きな穴があいていたんではないかと。でも「ミセス・チャーリー」の出現、日記の中に綴られたチャーリーの文字。そして本当は本物のチャーリーに抱きしめられて、思い切り泣いて、それで心の中でも決着をつけることが出来たんじゃないかなあ。そのラスティは、チャーリーの日記を取り戻そうとチャーリーの家に行くことになり、そこに「チャーリーの未亡人(ミセス・チャーリー)」に償いをさせてくれとアレックスが出掛けていったことで、2人はなんとか元の鞘に収まることが出来ました。そしてジェニファー、彼女は多分、今まで思い通りにならなかったことなんて一つもなかったんだと思います。でもジョージの心を掴むことは結局出来なかった、世の中には思い通りにならないことがあるんだってことが、ちょっとはわかったんじゃないかな(^^;

 まあ彼女のことだから、「自分は悪くない」と思ってる気もするんだけどねw

 そしてジョージ、アレックスから「一緒に映画を撮ろう」と、言うなれば「オファー」を受け、今度こそ本当に映画監督としての第一歩を踏み出せそうです。もちろん、これは物語の中で話が出たと言うだけで、登場人物達の「その後」についてはまったく何一つ触れられていません。でも、アレックスとジョージのあのシーンは、今後ジョージの進んでいく道を暗示しているのではないかなと、思いました。

 このシーンに関しては、ジョージはアレックスプロデュースの映画を撮って大成功、映画監督として一躍脚光を浴び、天国のチャーリーに笑顔の報告という筋書きが、すでに管理人の頭の中で出来上がっておりますww

 そしてアーヴィングですが、彼はチャーリーをマネジメントするのと同じように、きっとジョージのこともマネジメントしてくれるでしょう。ジョージくんは真面目だから、女遊びになかされることはないと思うよ。もっともその前に、ジョージくんの貞操のほうがキケンか( ̄▽ ̄;


 死んで、生き返って、でも体は女になっていて、つらい思いもしたし、結局この世にとどまることは出来なかったチャーリー・ソレルですが、この49日間に過ごした時間は、おそらく彼の人生の中でもっとも輝いていた時間なんじゃないか、私にはそう思えました。

 その後の成功が暗示されていたとは言え、ジョージが二度も親友を失うことになるのは変わらないんですけどね・・・・


 ところで、改訂ネタバレレポ5に書いた、「あたしのプライド」に乗って踊るミュージカルの主人公に扮したダンサーさんですが、アニー、ピーターパンの他にもう一人いたのは、どうやら「オズの魔法使い」のドロシーだったようです。これは、フラニイを演じた斉藤レイさんのブログに出ていました。

 斉藤レイさんちのブログ
 http://rei-saito.jugem.jp/
「チャーリー写真館」という記事の中にその記述がありました。「違和感抜群」て・・・w

 「グッバイ、チャーリー」本当に最高の舞台でした(⌒▽⌒)ノ

 グッバイ、チャーリー、グッバイ、ジョージ、そしてアーヴィング、アレックス、ラスティ、ジェニファー、フラニイ。

 そしてある時はチャーリーの友人、ある時はミュージカルの主人公達やエステサロンの客、またあるときはチャーリーの代役、そしてコールガールのダンサーと、様々なシーンで舞台を彩ってくれた、バーネン、アベベ、セーラ、ユーイ(パンフレットより)

 そして最後に、この物語を世に送り出してくれた演出家の樫田さんと、全編を素敵な音楽で彩ってくれた音楽担当の浅倉さん

 楽しい舞台と素敵な時間をありがとう(⌒▽⌒)ノ

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